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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)56号 判決

大阪市住吉区柴谷町四丁目一番地

原告

国光製鋼株式会社

代表取締役 石原幸男

右訴訟代理人弁護士

久世勝一

大阪市住吉区上住吉町一八一番地

被告

住吉税務署長

佐伯正

右指定代理人検事

川村俊雄

法務事務官 武部文夫

大蔵事務官 石黒俊一

大蔵事務官 勝茂喜

右当事者間の昭和三九年(行ウ)第五六号法人税課税処分取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

××

第一、当事者双方の申立

一、原告の求める裁判

被告が昭和三八年二月二七日付で原告に対してなした原告の昭和三七年四月一日から昭和三七年九月三〇日に至る事業年度の法人税に関する総欠損金額を金一二九、一一二、〇九二円とした更正決定について、総欠損金額金一四二、七六三、三八二円を金一二九、一一二、〇九二円に減少せしめた減少部分金一三、六五一、二九〇円を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の求める裁判

主文同旨。

第二、当事者双方の主張

(原告の請求原因)

一、原告会社は、鉄鋼等の製造販売を業とする株式会社であるが、昭和三七年一一月三〇日被告に対し、昭和三七年四月一日から同年九月三〇日に至る事業年度(以下単に本件事業年度という)の法人税に関し、総欠損金額を金一四五、〇五二、五六二円として確定申告したところ、被告は、昭和三八年二月二七日付で右申告に対し総欠損金額を金一二九、一一二、〇九二円とする旨の更正決定をし、同月二九日その旨原告会社に通知した。

二、しかるにその後の調査により原告会社の本件事業年度の総欠損金は金一四二、七六三、三八二円であることが判明したので原告会社は右更正決定のうち右金額と前記金一二九、一一二、〇九二円との差額金一三、六五一、二九〇円を欠損金額から除去した部分(即ち右更正決定中、別に損金であることを否認された金二、三〇七、〇七四円および新たに損金と認められた金一七、八六七円の各認定については不服はない)を不服として、昭昭三八年三月二五日訴外大阪国税局長に対し、審査請求をしたところ、同局長は、昭和三九年八月一五日付をもって右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月一七日その旨原告会社に通知した。

三、しかしながら、原告会社の本件事業年度の総欠損金額は、前記のとおり金一四二、七六三、三八二円であるから、右更正決定のうち、右欠損金額と前記金一二九、一一二、〇九二円との差額金一三、六五一、二九〇円を欠損金額から除去した部分は違法である。よって右更正決定中違法部分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

(被告の答弁と主張)

一、請求原因一の事実は全部認め、二の事実中原告会社の総欠損金額が金一四二、七六三、三八二円であるとの点は争い、その余の事実を認め、三の事実は争う。

二、被告が原告会社の本件事業年度の法人税について調査したところ、原告会社は昭和三七年九月一日付で、従業員退職給与金(以下単に従業員退職金という)名下に、原告会社の役員(取締役)である訴外今西義三に対し、金五、一三四、八三〇円、同土橋弥七に対し、金四、九一七、四五〇円、同栫井孝に対し、金三、五九九、〇一〇円計金一三、六五一、二九〇円を支給し、これを本件事業年度の損金に計上していた。しかしながら右金一三、六五一、二九〇円は後記のごとく退職給与金ではなく、役員賞与であり、従って損金とは認められないので被告はこれを否認し、これに原告の自認する別途益金二、三〇七、〇四七円および新たに損金と認みられる金一七、八六七円を加除して、原告主張のとおり更正決定をしたもので右処分は適法である。

三、即ち前記今西他二名はいずれももと原告会社の従業員(部長)であったところ、昭和三四年一二月一日右従業員を退職し、役員(取締役)に就任したが、その当時原告会社に設けられていた退職手当支給規定(以下改正前の規定という)によると、従業員退職金は在職一年以上の者で、不都合の行為により退職した者を除く、退職者には右規定一二条所定の金額が支給されることとなつていた(但し会社の都合により退職させた者には加給され、本人の都合により退職した者は減給された)ところ、前記今西等は、不都合の行為により退職した者とはいえず、従業員から退職し、新たに役員に就任した者と考えられるから当然改正前の規定によつて支給しえたものである。もつとも昭和三七年七月二四日に至り右規定四条四号に「従業員より役員に昇格した者」にも従業員退職金を支給するとの規定(以下単に追加規定という)が追加された。しかし、前記改正前の規定に、従業員から役員に昇格した者には従業員退職金を支給しない旨の規定もなく、また、別に基準を設けて、その者が役員を退職したときに従業員であつた期間の退職給与金、換言すれば従業員退職金をも加味した役員退職給与金を支給する等の特別規定のない限り、原則として、従業員から役員に昇格した者は右規定の追加改正を俟つまでもなく、前記のとおり、改正前の規定によつて、当然従業員退職金の支給を受けることが可能であり、前記追加はそのことを確認したものにすぎない。そうすると、原告会社は改正前の規定によつて、今西等に従業員退職金を支給することが可能であつたのであるから、右退職金の支給義務および金額が確定したのは、今西等が役員に昇格した昭和三四年一二月一日である。従つてもし今西等に従業員退職金を支給するのならば、当然、その頃右改正前の規定に基づいて支給されたはずであり、従つてまた右退職の日を含む事業年度(昭和三四年一〇月一日から同三五年三月二一日まで)の損金に算入しえ、またそうすべきであるのに拘らず右事業年度の損金に算入せず、右退職日たる昭和三四年一二月一日より二年九月余を経過した昭和三七年九月一日に支給され、本件事業年度に損金として計上された前記金員は従業員退職金ではなく、役員賞与金であり、従つて本件事業年度の損金とは認められない。

四、原告会社が今西他二名に対して支給した前記一三、六五一、二九〇円がかりに従業員退職金であつたとしても、右金員は以下の理由により本件事業年度の損金となるものではない。すなわち法人が退職した従業員に支給する退職金は、一般に、それを支給すべきことが確定した日の属する事業年度の損金となるものではない。このことは法人税が各事業年度の所得に対して課せられることから生ずる当然の帰結である。もし退職金支給の時期をずらせることによつて、法人がその損金算入時期を任意に選択することができるとすれば、法人の恣意により各事業年度の所得や税額を容易に左右することができることになり、甚だしくな不都合な結果をもたらすこととなる。今これを本件についてみるに、前記のごとく原告会社は改正前の規定によつて、今西等に従業員退職金を支給することが可能であつたのであるから、同人に支給された前記退職金は、今西等が役員に昇格した時にすでにその支給義務および金額が確定していたことになり、昭和三四年度の損金となることがあるのは格別、本件事業年度の損金とはならないというべきである。

五、仮に、原告会社の退職手当支給規定に前記追加規定が追加されたことにより、はじめて、従業員から役員に昇格した者にも従業員退職金を支給することができるよにうなり、今西等に支給された前記金員が、右追加規定にもとづいて支給された従業員退職金であつたとしても、原告会社は、右支給時たる昭和三七年当時、原告会社の役員(取締役)で、今西等と同様、従業員(部長)から昇格し、従つて同人等と同様当然従業員退職金が支給されて然るべきはずの訴外桑原弥三次、同近江岸正太郎には右退職金を支給しなかつたのであるから、今西等に支給された前記金一三、六五一、二九〇円を損金と認めることはできない(昭和三八年八月二〇日付直審法一七九、直審(源)五八通達すでに役員に昇格している者に支給する退職給与金の特例)。

六、仮に原告会社の前記支給金が本件事業年度の損金に算入しうるものであるとしても、前記今西等が退職したのは昭和三四年一二月一日であるから、原告は、当然、前記支給相当額の退職給与引当金を取りくずして、これを益金に算入すべきであつた(昭和三六年政令六三号法人税法施行規則附則一三項、旧規則一五条の八)。しかるに、原告は、右益金の算入を行つていないから、総欠損金額を金一二九、一一二、〇九二円とした本件更正決定は結局正当であつて、取消すべき瑕疵はない。

(被告の主張に対する原告の認否と反論)

一、被告主張二の事実中、原告会社が今西等に支給した金一三、六五一、二九〇が役員賞与であつて損金と認められないとの事実は争い、その余の事実は認める。

二、被告主張三の事実中、原告会社は昭和三七年七月二四日の追加規定を俟つまでもなく、改正前の規定によつて当然今西等に従業員退職金を支給しえたのであるから、右従業員退職金の支給義務は、今西等が従業員を退職した昭和三四年一二月一日に確定し、従つて同日から二年九月を経過した後に支給された前記金一三、六五一、二九〇円は従業員退職金ではなく役員賞与であるとの事実は争う。即ち今西他二名が従業員から退職し役員に就任した昭和三四年一二月一日当時における原告会社の前記退職手当支給規定(即ち改正前の規定)によれば、従業員退職金は原則として「在職一ケ年以上のもの」(二条)に支給され、「一、就業規則で定める停年に達した者。二、満二〇年以上の勤続者。三、本人死亡の場合。」に該当する者には右規定一二条に定める金員が支給されることとなつていた(四条)が、原告会社は従業員から役員に昇格した今西他二名が昇格後もひきつづき原告会社の部長を兼務していた関係上、改正前の規定により、従業員退職金を支給することはできないものと考え、従来通り右規定によつては、役員昇格者には従業員退職金を支給せず、昭和三七年七月二四日前記退職手当支給規定四条に「従業員から役員に昇格した者」にも従業員退職金を支給することができる旨の条項を追加して右規定を改正した上、右改正規定に基づき本件従業員退職金を支給したものである。従つて原告会社に右退職支給義務が発生し、かつ確定したのは本件事業年度に属する昭和三七年七月二四日であつて、右退職金を本件事業年度の損金に算入したのは正当である。

仮に、被告主張のごとく前記規定の改正が確認的なものにすぎず、従前の規定により今西等に従業員退職金を支給することが可能であつたとしても、既に述べたごとく、今西等は役員に昇格後もひきつづき原告会社の部長を兼務していた関係上改正前の規定に則り今西等に従業員退職金を支給することには相当疑義が存したので原告会社は前記のごとく、昭和三七年七月二四日前記退職手当支給規定に従業員から役員に昇格した者にも従業員退職金を支給する旨の規定を追加してこれを明確にした上、右規定に基づいて、本件従業員退職金を支給したのである。

従つて前記金一三、六五一、二九〇円は真実従業員退職金として支給され、しかもその実質を有する以上、その支給日時が遅れたことを理由として従業員退職金ではなく役員賞与であるということはできない。

三、被告主張四の事実は否認する。即ち右に述べたごとく、本件退職金の支給義務が発生しかつ確定したのは昭和三七年七月二四日であり、当然本件事業年度の損金と認められるべきであるが、仮に被告主張のごとく、原告会社の前記規定の改正が従業員から役員にて格した者にも右昇格時に従業員退職金を支給しうることを明確化し、確認したにすぎないものであつたとしても、特に弊害のない限り、従業員退職金を現実に支給した日を含む事業年度の損金に算入することも許されるというべきであつて、従業員退職金の支給が前記のごとく遅れたのは、退職手当支給規定の不備に由来するものであり、原告会社の恣意に基づくものではない。よつて本件退職金の損金性を否定することは不当である。

四、被告主張五の事実中、訴外桑原、同近江岸両名に従業員退職金が支給されなかつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。そして右桑原等に支給しなかつた理由は、右桑原が役員に昇格したのは終戦直後の昭和二一年七月頃で、仮に従業員退職金を支給するとしてもその額は昭和二一年当時の給与額を基準として算出されるため現在の貨弊価値から見て極めて少額にすぎず、また訴外近江岸が役員に昇格したのは、昭和二九年五月であるが、同人は原告会社の元会長の子息として昭和二一年の入社後間もなく部長となり、昭和二九年五月に役員に昇格したという特殊の事情から、右両名は前記従業制退職金の支給を辞退したので両名には支給しなかつたものである。しかし今西等に支給された金員が従業員退職金である以上、訴外桑原等に支給しなかつたことを理由にその損金性を否認することは許されない、

五、被告主張六の事実は争う。原告会社が取消を求めている更正決定は、被告が本件従業員退職金を役員賞与と認定、その損金算入否認を理由としてなされたものである。従つて被告が主張する退職給与引当金取りくずしによる益金算入による主張は、原告会社が取消を求めている更正決定とは関係がない。

第三、証拠

原告は、甲第一号証の一、二を提出し、証人吉年次郎の証言を援用し、乙号各証の成立を認めると述べ、

被告は、乙第一号証の一、二、同第二号証を提出し、申号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、請求原因事実(一ないし三)の中、原告会社の本件事業年度の総欠損金額が金一四二、七六三、三八二円であるか即ち被告主張の総欠損金額金一二九、一一二、〇九二円との差額金一三、六五一、二九〇円が本件事業年度の損金と認められるか否かの点を除き、その余の事実はすべて当事者間に争いがない。

二、よって右金一三、六五一、二九〇円が本件事業年度の損金と、認められるべきか否かにつき判断する。原告会社が昭和三七年九月一日付で、被告二の主張の如く、今西義三、土橋弥七、栫井孝の三名(以下単に今西等という)に対し、従業員退職金名下に合計金一三、六五一、二九〇円を支給し、これを本件事業年度の損金に計上していたことは当事者間に争いがない。しかるに、被告は、今西等が従業員から役員に昇格した昭和三四年一二月一日当時原告会社に設けられていた退職手当支給規定(即ち改正前の規定)によつても十分従業員退職金を支給しえたのであるから、もし今西等に従業員退職金を支給するのならば当然右昭和三四年当時に支給されているべきはずであるのに、これを支給せず、二年九月を経過した昭和三七年九月一日に至つて、これを支給している事実から見て、今西等に支給された前記金員は役員賞与であり従つて損金と認めることはできないと主張し、原告は前記改正前の規定によつては今西等に従業員退職金を支給しえず、後記追加規定により、はじめて支給しうることとなつたのでこれに基づいて昭和三七年九月一日に支給し、本件事業年度の損金に計上したものであると抗争するので、先ず右改正前の規定によつて原告会社に今西等に対する従業員退職金の支給義務が生じていたか否かにつき以下検討するに、今西等が原告会社の従業員からその役員に昇格したので昭和三四年一二月一日であること、当時原告会社には、従業員退職金は在職一年以上の者が退職した場合に支給されとの退職手当支給規定が設けられていたところ、昭和三七年七月二四日に至り右規定四条四号に「従業員より役員に昇格した者」にも従業員退職金を支給するとの条項が追加されたことは当時者間に争いがない。

以上の事実に成立に争いのない甲第一号証の一、乙第二号証を綜合すると、改正前の規定では、従業員退職金は在職一年以上の者で、不都合の行為により退職した者を除き、同規定四条(就業規則に定める停年に達したもの、満二〇年以上の勤続者、本人死亡の場合)および五条(疾病、老衰のため業務に堪えぬもの、その他止むを得ぬ事由あるもの、」に規定された退職者に支給せられ(二条)、支給金額は原則として同規定一二条に定めるところの支給率(勤務年数によつて差異がある)によることとなつており、例外として、会社の都合により退職した場合は同条所定の支給率による金員に更にその五割以上の金額が加算支給され(六条)、本人の都合により退職した場合は同条所定支給率の五割の金額が支給され(七条)、尚不都合の行為により退職させられた者には原則として従業員退職金を支給しない(八条)、旨が規定されていることが認められる。そうすると、右六、七条は支給金額に関する例外規定であり、八条は特に支給しない場合を定めた例外規定とみるべきである。そうすると右四、五条に「従業員から役員に昇格した者」にも従業員退職金を支給するとの明文がなかつたとしても、特にこれを禁止する趣旨の規定等がない点に徴すれば、本来は、従業員から役員に昇格した者にも、改正前の二条および四条によつて従業員退職金を支給することができたといわなければならない。そして前記今西等はもとより不都合の行為により退職した者とはいえず、また前記六、七条に該当しないから当然原則に従つて算出せられる退職金の支給を受けることができ、従つて今西等に支給すべき従業員退職金は追加規定を俟つまでもなく、従前の規定によつて、同人等が従業員からしりぞき役員に就任した時である昭和三四年一二月一日にその基準額に副う退職金の支給義務が発生し、当然その頃支給しなければならなかつたものである。そして成立に争いない甲第一号証の一、二、乙第二号証および証人吉年次郎の証言(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すると、原告会社においても、前記改正前の規定によつて、今西等が従業員から役員に昇格した昭和三四年一二月一日当時に、原告会社に右今西等に対する従業員退職金支給義務が発生したことを認識し、且つその頃右退職金を支給しようとしたのであるが、当時、原告会社には今西等に支給すべき従業員退職金を賄うに足る資金の余裕がなかつたため、その支給が遅れ、昭和三七年九月一日に至つてこれを支給したこと(証人吉年次郎の証言中右認定に反する部分は前記乙第二号証等に比して俄に措信しがたい)、また原告会社が支給した金額は今西に約五一〇万円、土橋に約四九〇万円、栫井に約三六〇万円であつて、それぞれ、前記退職手当支給規定(第一三条)に基き、各人の勤務年数(即ち今西等が従業員を退職した昭和三四年を基準とすると、今西は約二二年、土橋は約二〇年、栫井は約一九年)に平均賃金(退職時各八万円)および一二条所定の支給率(今西、土橋については各三〇〇%以上、栫井については二五〇%)を乗じて算出されたこと、従つて従業員退職金としてほぼ妥当な金額であること、また原告会社では役員が退職した場合には役員在職期間等に応じて、退職慰労金が支給されるが、右慰労金の額については、従業員であつた期間は考慮されないこと、即ち従業員退職金は従業員を退職した頃に支給され、役員退職時には支給されないこと等が認められるから、これらの事実を勘案すると前記今西等に支給された金一三、六五一、二九〇円は実質上において役員賞与ではなく従業員退職金たる性質を有する金員と認めるのが相当であり、前記支給義務確定の日から二年九ケ月を経過したことから直ちに今西等に支給された前記金員を役員賞与と断定することはできない。

三、次に被告は、今西等に支給された前記金一三、六五一、二九〇円が、仮に、従業員退職金であつたとしても、右退職金は今西等が役員に昇格した当時すでにその支給義務が発生し、金額が確定していたものであるから、昭和三四年一〇月一日から同三五年三月三一日までの事業年度の損金となることがあるのは格別、本件事業年度の損金と認めることはできないと主張するので判断する。法人所得の期間計算については、税法上明文はないが、その収益又は費用がどの期間に属するかを決定するについては、課税の公平、明瞭、確実普遍を期する上において、原則としていわゆる発生主義(収支すべき権利が確定することをもつて足るとし、現実に権利義務の実行があつたか否かを問わないものとする立場――権利確定主義ともいう――)によるべきものといわなければならない。このことはその活動範囲が多岐に亘る法人企業においてはいわゆる現金主義(現実に権利義務の実行即ち金銭の収支の時をもつて損益発生の時期とする立場)によつては到底一定の時期においての企業の損益を知ることが困難であるばかりか、もし法人がその益金又は損金の算入時期を任意に選択することができるとすると、法人の恣意により各事業年度の法人税額を容易に左右しうることとなり、延いては課税の公平を害する結果を招来するおそれがあること等からも多言を要しないところである。従つて権利発生主義を貫くことにより却つて不合理な結果をもたらすような特段の事情があつて、これを固執することが許されない場合は格別、そうでない限りは、前記権利発生主義によるべきものと考える。今これを本件について見ると、前記認定のとおり、原告会社の本件従業員退職金支給義務は昭和三四年一二月一日に発生しており、原告会社においても当時そのことを確知していたが、単にこれを支払うべき資金上の余裕がなかつたので支払わずにおいたというのであるから、右退職金は税務会計処理上、前記権利発生主義の原則に従つて、当然右支給義務の発生した日の属する昭和三四年一〇月一日から同三五年三月三一日に至る事業年度の損金(債務)に計上されるべきものであつて、且つまたそれが可能であつたというべきである。前記その当時退職金を支給するに足る資金の余裕がなかつたため、これが支払(弁済)をしなかつたという事情は、前記特段の事情とすべきものではない。よつて、本件退職金はその支払時期如何にかかわらず、昭和三四年一〇月一日から同三五年三月三一日に至る事業年度の損金とすべきものであり、これを本件事業年度の損金に認めることができないという被告の主張は理由がある。

四、以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 潮久郎 裁判官 福井厚士)

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